「山口組ぶっちゃけ話」清談社発行に寄せて

 かつて侠の生き方といえば、田岡一雄三代目山口組々長に代表される懐の深いやくざが花形だった。

 少年時代映画を見るのが好きだった私は、高倉健や鶴田浩二が演じる「侠客」に憧れた。

 そんな私のやくざとしての原点は、東映任侠映画にあったといっても過言ではない。 

 

 それが今はどうだろう・・・

 

 暴力団と呼ばれ「仁義」も「掟」もない無法集団へと様変わりしてしまった。

 これでは「侠客」が育って行くだけの土壌が無い。

 私は二十一才の時にやくざ社会に入り、五十四才で堅気になった。

 その間、いろんなやくざを見て来た。

 この目で見て感じたやくざの実情を、読者に知ってもらいたいと思いペンを執った。 

 やくざが「暴力団」という犯罪集団に変わり、侠が侠として生きられない世界になって久しい。

 バブル期を境にカネに狂奔するあまり、盃の重みは軽くなり、古来から伝わる「義理」と「人情」は紙風船のように希薄になってしまった。

 今ではやくざというだけで銀行口座も作れず、車も買えず、家を借りることも出来ない。

 人間としての「生存権」まで脅かされる現状はさすがにやりすぎだと思うが、元はといえばカタギに嫌われる下地を作って来たやくざが悪いのである。

 

 こう考えると、やくざは変わらなくてはならない。

 では、やくざはどう変わるべきなのか。

 私なりに述べさせて頂くと「侠客」にならなければいけない。

 「世のため」「人のため」にという理論を組員に周知させる必要がある。

 

 私は竹中正久親分の背中を見て、やくざをして来た。

 「困った人がおったら助けたらなアカン」と、親分は常々に言っていた。

 今のやくざで何人の親分が、この言葉を言えるだろう。

 どの世界でも「教育」が人を育てて行くのである。

 そう考えると手本となる親分がいない。

 侠道界に於いては、悲しい現実なのだ。

 諄くはいうまい。

 

 私が現役時代には「侠客」と呼ばれるやくざがまだ多く存在していた。

 その侠たちの生き様を思い起すたびに、胸がはち切れそうになる。

 この思いを「山口組ぶっちゃけ話」の読者と共有出来れば、望外の喜びである。

 

 本書では、私が出会った侠(おとこ)たちを描いてみた。

 今まで知られていなかったエピソードを含め、私の記憶を忠実に再現した。

 記憶が曖昧な面は、友人・知人を通じて綿密に取材した。

       令和2年8月27日 竹垣 悟

コメントをお書きください

コメント: 5
  • #1

    かず (水曜日, 02 9月 2020 09:43)

    一気に読破しました。
    侠たちの生きざまに胸が熱くなりました。
    会長はこれからも知られざるエピソードを記し続けて行って頂きたい。

  • #2

    岡本弘之 (木曜日, 03 9月 2020 13:17)

    私はヤクザの世界を知らない還暦男であります。
    世間では固いと言われる仕事を約28年して参りましたが「義理と人情」は忘れまいと胸に刻んでやってきたつもりです。ですがカタギの世界のほうが感謝や礼節にに欠ける人間が増えているように感じます。竹垣会長のお話は各動画で拝見させていただきましたが、感動の一言です。陰ながら応援しております。どうか健康にご自愛され、360万人とも言われる英霊と日本のために本来の日本人を育ててください。お願いします。

  • #3

    五仁會事務局 (木曜日, 03 9月 2020 18:25)

    かず様
    岡本弘之様
    コメントありがとうございます。
    感動して頂き大変嬉しく思います。
    今後ともよろしくお願い致します。

  • #4

    弾丸超特急 (土曜日, 12 9月 2020 23:31)

    会長の書かれた本は全て読みました。今回の新刊が一番良かったです。

  • #5

    五仁會事務局 (日曜日, 13 9月 2020 08:59)

    弾丸超特急様
    コメントありがとうございます。
    嬉しいお言葉感謝しております。
    今後ともよろしくお願い致します。