新撰組屯所跡で決めた事

 「伝説のヤクザは語った」と本の帯に刷った盛力健児・元盛力会々長の自叙伝が宝島社から発売になった。

 私は8月28日の夕方に「盛力健児」本人から電話を貰って居たので、早速買って読んだ。

 

 「読んで感想を聞かせてくれ」と云われて居たので、読み終えて本を閉じると様々な場面と私の実体験をオーバーラップさせ「一呼吸置き」電話した。

 

 ・・・山口組に対しては私と共通した思いが要所に見受けられたので、久し振りに読書を堪能した。

 さしずめ「古川真澄」からの「中野会離脱者」に対する電話と「岸本才三」の「五代目・渡辺芳則」に対する受け応えが心に沈んだ。

 

 「鎮魂・さらば、愛しの山口組」とは妙題である。

 

 さて「新撰組屯所跡で決めた事」と題した本稿が、時期を失っては無意味になるので話を先に進める・・・

 

 大雨と共に、むさくるしい残暑の中で私にとっては一服の「清涼剤」のような心地良い便りが届いたので、それを今から掲載してみたいと思う・・・

 

 その名もズバリ坂本敏夫と竹垣悟の「往復書簡」である。

 

 

  竹垣会長様

 姫路を離れて会長に電話を入れたのが8月12日でした。

 私はてっきりお叱りの言葉を云われると覚悟して居たのですが、思わぬ優しい言葉を掛けて頂き涙腺(るいせん)が緩みました。

 これも会長の大きな人柄ゆえと安堵した次第です。

 

さて私の視力ですが、奇跡的な復活の兆しが芽生えたのです。

私はこれが天命かと思い、そう感じるようになりました。

視力が全く失われていた右目が見えるようになって来たからです。

 

 私はイエス・キリストが聖別したと云うオイルと水の噂を聞き「特別な能力がある」さる人を訪ねました。

 噂というのは、末期がんの患者の心のケアを目的につくられたオイルと水が、ガンの進行を止め、痛みを和らげているというものです。

 

 詳細は省きますが、その方に目薬を聖別してもらいました。

 何と一日2回、一滴だけ目にさして3日目から徐々に見えるようになってきたのです。

 今では車の運転も可能になっています。

 

 私は今回の目の手術の際、冥土を見てきました。

 これで3回目です。

 

 過去の2回は刑務官時代。最初は地下房に閉じ込められた時、

 2回目は、精神病に罹患した受刑者に襲われ瀕死の重傷を負った時です。

 

 冥土を見て、視力の減退ですっかり弱気になり、天命と自負していた更生支援事業のボランティアから手を引くと申しました。

 

 その直後に、聖別する能力者に偶然というか、必然的に出会うことができたのです。

 彼から、担っているものが何か分かれば、好転するだろうと言われました。

 

 先般(8月21日)会長にお会いして、経過報告と姫路からの退去を口頭で申し出た時に、様々なアドバイスを受けましたね。

 キリスト教でいう聖別の能力を持った人物と会長との面接で医師も首を傾げる復活をはじめています。

 

 今、私の心の中で再び五仁會との出会った時の初心がよみがえってきました。

 

 間もなく、完全復活するような感じがしています。

 

 舌の先が乾かぬうちの前言の翻しでお恥ずかしい限りですが、完全復活して再度、更生事業に挑戦したいと思っています。

 

 ボランティアのあり方なども整理して、改めて五仁會の運営について提案をさせていただきたいと思っています。

 

 また、お便りいたします。

  平成25年8月25日

                            坂本敏夫

 

 

  坂本敏夫顧問様

 この便りに私が目を通す前に先生と再会したので、この便りに就いては私から何も申し上げる事はありません。

 

 それでも同志として復帰した「坂本敏夫」への返信として折角ですからペンを執りました。

 これは先生と私の「修験道」で云えば「行者」の「山伏問答」みたいなものでしょうか・・・

 

 ・・・先生の18歳になる愛娘(まなむすめ)の香子さんを伴っての姫路入りは、お互いを知る上での良い教材だったかも知れません。

 甘い判断だと思いますが、私が先生を見て改めて感じた事は、先生は今まで「電卓片手」に私と付き合って来たのではないと云うものでした。

 

 娘さんとお逢い出来た事は「先生の私との約束事が偽りでなかった結果」だと、妙な所で実感して居ります。

 

 これは「ヨイショ」でも何でもありませんが、流石24冊もの著書を持つ「作家・坂本敏夫」折り目だけは、きっちりアイロンを当てて居るなと思いました。

 これが今回の「離脱騒動」の中で、おぼろげながら私に見えて来た事です。

 

 先般お逢いした時には「局を脱する事を許さず・・・ですね」とニッコリ笑って云われてましたね。 

 

 この言葉を聞いて私は先生と二回目にお逢いした後、京都まで付いて行き冤罪事件の取材の帰り道、壬生(みぶ)寺横の「八木邸」の「屯所跡」を見学した時を思い出しました。

 私はあの時「五仁會」と「新撰組」をダブらせ、私が近藤勇なら先生は山南敬助に匹敵させました。

 そして新撰組のしてきた事を「反面教師」にして行こうと決めました。

 

 先生が姫路から引き上げると一報を受けた時、私は・・・

 

 東京・霞ヶ関の法務省に9年間出向勤務した事もあるエリート官僚に、我々落ちこぼれの「官軍指向」は理解出来なかったのだと思いました。

 それが見事に外れ、こうして再会出来たのですから人生何がさいわいするか分かりません。

 先生は先生なりに培った人間観察力の中で「人を見て来たのだな」と私なりに理解しました。

 

 私は先生の「法務省」で勤務した実績を五仁會の運営面で役立たせて貰いたかったのです。

 それが思わぬ先生のボランティア活動からの「撤退宣言」を受け「ガッカリ」して居たのですが、今こうして又先生との縁が紡がったので「鬼に金棒」を得たような心境です。

 

 人には前世から与えられた宿命があると云いますが、私と先生との出逢いも天から授かった「宿命」の中で生まれた様な気がします。

 

 「還暦」を過ぎた私たちが社会に「貢献出来る」と云うのは、ごく僅かな限られた「枠」でしかないのです。

 自分の生きて来た道を少し延長させて現在の「社会情勢」を見つめる事が出来れば、これに勝る宝は無いと思います。

 

 これからもお互いの見識の中で「奉仕活動」と云う名の「美徳」を見つめて行けたらと思います。

 

                       平成25年8月30日

                            竹垣 悟 拝

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コメント: 6
  • #1

    伊丹 大西 (土曜日, 31 8月 2013 20:56)

    竹垣 様
    私も元盛力会々長の自叙伝が出るのを今日知りました。
    私も明日、本屋に行き買いたいと思ってます。

    話しは変わりますが、坂本先生の目が良くなりそして改めて五仁會の運営に戻ってくれるのは大変喜ばしい事ですし何よりも会長と坂本先生の縁が復活したことが嬉しいです。
    私も今、二番煎じであろうが何かをやらないといけないと色いろ模索中です。

  • #2

    青森連絡所  二階利陸 (火曜日, 03 9月 2013 18:23)

    坂本顧問の復帰、本当におめでとうございます。
    ブログを拝見しましたが、凄い効能力のある目薬に出会えての「視力回復」そしてもう直ぐ「復活」とはビックリ致しました。
    あるんですね、こういう事が現実に。
    人間と云うものは諦めないで精神的に高めていると、奇跡に出会えるのだと云う証左でしょう。
    坂本顧問の復帰により会長も今後は五仁會の更なる発展において心強いものと衷心からお喜び申し上げます。
    処で、埼玉川越から千葉にかけて竜巻の被害が深刻化、国レベルで早急に復興支援を訴えます。
    昨今自然災害が多発化しております。
    会長に於かれましては健康に留意してお過ごし下さるように祈念しております。
    坂本顧問復帰本当におめでとう御座います。

  • #3

    大阪 川島 (金曜日, 06 9月 2013 00:04)

    会長、初めてコメントをお送りします。いつもブログを拝見しています。私はサラリーマンです。正直、ヤクザは嫌いですし、憧れもありません。ただ会長のブログや盛力さんの本を拝見して、本気で人に惚れて尽くすその姿に、失われた日本人の心を感じています。全く違う世界で生きていますが考えは同じだなと思います。会長を羨ましく思うのは、本気で惚れた方に出会え共に歩まれたことです。私の今の仕事では、今、あの人のためにと思える親分がいないことです。もちろん信念を持って仕事はしています。ただ今の世の中、アピールする人間が受けているのが嫌になります。筋が通ってないことが多く情けなく感じています。失礼ながら会長や盛力さんの発言を負け犬の遠吠えやええ格好しているだけと言う人もいるでしょう。でも私は思いません。筋を通して生きている会長に尊敬をしています。私は今はボランティアのお手伝いはできません。時間に余裕がないからです。昔ある人にお金と時間に余裕がないとボランティアはしてはいけないと言われました。それは長続きしないからということからです。だからカッコ良く、口先だけでお手伝いしたいとはいえません。コメントを書くのも迷いましたが本物のオトコを偶然に知り、その運命にコメントさせていただきました。不惑になっていますがまだまだ勉強だなと感じております。これからもよろしくお願い申し上げます。そしていつかお手伝い出来る時がくるように頑張ります。それでは、失礼いたします。まだまだ暑いですがお体にはご自愛ください。

  • #4

    竹垣 悟 (金曜日, 06 9月 2013 11:01)

    大阪 川島様
    川島さんの文面からは緊張感がひしひしと伝わり、私を叱咤激励して呉れて居る様に感じました。
    私も、初心を忘れず奉仕活動に邁進して行きたいと念じて居ります。
    川島さんのような、いぶし銀を髣髴させる考えを持った方と一緒に活動してみたいですね。

  • #5

    大阪 川島 (金曜日, 06 9月 2013 13:30)

    会長からのご返信、大変恐縮しております。人生の大先輩に私のような若輩者へありがたいお言葉をいただきありがとうございます。私は父を尊敬しています。男は黙って地に足をつけ生きることを背中で教わりました。父もまた信念を曲げず生きてきました。亡くなって周りから父の生き方を聞くと喜びと自分もこうありたいと思っております。会長の発言されている言葉をかみしめ、勉強したいと思います。一つの言葉に、様々な思いが隠されているでしょうからそれらを一つでも多く理解したいと思います。

  • #6

    竹垣 悟 (金曜日, 06 9月 2013 19:40)

    大阪 川島様
    ひと筆に人の奥行きと云うか、幅が出ると私は思って居ります。
    私の方こそ、恐惶万端よろしくお願い申し上げます。