同志脱藩・士道に背く間敷き事

 蜷川正大・二十一世紀書院代表から、小冊子「燃えよ祖国・通巻197号」を恵贈頂いた。

 表紙には「野村秋介先生追悼二十年特集号・生死烈々」と副題が添えてあり「野村秋介ファン」の私にとっては待望の書籍である。

 この小冊子の存在がもっと世に広まり、青少年育成活動の一環になればと思い今回紹介する事にした。

 

 ページを捲(めく)ると野村秋介の「思想」と「激しく生きた生涯」が凝縮された感じの「肖像写真」が圧倒的な存在感を醸(かも)し出している。

 雑(ざっ)とページをめくって行くと、蜷川代表のブログ「白雲去来」が民俗派の歴史そのままに回顧録のような感じで掲載してある。

 

 私の様な野村秋介ファンにとっては小冊子だが「読んでみたかった書物のひとつ」である。

 私は裏面に年間購読15,000円と書いてあったので郵便振替番号00180・2・353696に送金して、年間購読する事にした。

 

 かねてから念願の書物に巡り逢え、蜷川代表との人生の邂逅に遅咲きの縁を感じて居る次第である・・・

 

 逆に惜別の哀愁があった事も今から綴ってみたい・・・

 

 私が三顧の礼を持って迎えた作家の坂本敏夫先生が、もうボランティア活動は今後一切しないと云って来たので、いま激しいショックを受けて居る。

 

 坂本敏夫いわく、犯罪者の更生支援がこんなにも難しいものだとは今まで知らなかったと云うのである。

 刑務官として懲役を見て来たのと、娑婆へ出てからの懲役(犯罪者)を見るのとでは全然違うと云うのだ。

 だからボランティア活動から今後一切手を引く、と云う主旨の手紙が来た。

 私は坂本敏夫本人の口から直接云ってもらいたかったのだが・・・

 

 坂本敏夫元顧問も今年で66才になる。

 この歳で一から姫路でやり直すのもしんどい話しだとは解るが・・・

 取り敢えず坂本敏夫からのボランティア活動退会届(直筆)をワープロで打ち、転載する事にする。

 

 

  竹垣会長様

 

 三顧の礼をいただきマンションの準備までしてお迎えいただいたのに、ご期待に添えず申し訳ありませんでした。

 

 716日立川の病院で入院、本日退院して宇都宮に戻ってきました。

 片眼状態で運転・パソコン、いずれも不可です。

 

 今後も毎週通院の必要があり、姫路には住めなくなりました。

 本日、荒井不動産あてには速達で本月末で退去の申し入れをしました。

 今後は限られた時間、本業のみに励み、ボランティアはやめることにしました。

 

 犯罪更生者の更生が、いかに難しいか現実を勉強させていただいたことは、大きな宝でした。

 824日か25日には荷物を運び出しに姫路に行かなければならないと思ってます。

 

 お願いと報告です。

 皆様から転入のお祝いをいただき、家具を買いそろえていただきましたが、真に恐縮ですが売却方お願いいたします。

 

 なお、お祝いをいただいた皆様には私の給料をもってお返しください。

 足りない時はお支払いします。

 マンションに既に設置した会長からの贈り物、洗濯機とガステーブルも売却してください。

 会長から使いなさいとお借りした冷蔵庫、冷風機、鏡は姫路に帰った時にお返しにあがります。

 上内さんからいただいた自転車と会社のヘルメットなどもお返しにあがります。

 

 一件報告とお願いです。

 711日給料日の翌日のことです。

 

 仕事中に山内が「8月の給料日まで10,000円貸してくれないか」と言ってきました。

 給料日の翌日に、まだ半月もたたない新人(注・坂本敏夫)にお金を貸してくれと言ってくるのだから、よっぽどの事情があるのだろうと、その日はサイフにあった2,000円渡し(山内は 「1,000円しかないのでなんぼでもいいから貸してくれ」と言ってきたからです)

 翌日は20,000円を渡しました。

 山内に渡したお金20,000円は返してもらうつもりはありませんが、給料日からお金に困って他人に借りまわっている社員の悩みとか借金問題の現状をお調べいただき、どうか善処してあげてください。

 

 私は今後の不安はありますが、まずは視力の回復に努め、パソコンを長時間うてるよう食生活の改善などもしていきたいと思ってます。

 私の身近な人たちの言は、男気の竹垣さんに呼ばれたのに何とも情けない奴だ!!です。

 

 冗談めかした笑いで隠した本心がわかるので辛いです。

 片眼につき乱筆をお許しください。  (原文のまま)

 

 

                          平成2581

                               坂本敏夫

 

 

 坂本敏夫と云う人は私は人物的にも好きな人で、我々五仁會にとっては惜しい人材である。

 しかし坂本敏夫と私の「生き様」の違いは、埋めようの無い事実だ。

 水と油の思想の違いは、どうしても交り様がないのか・・・

 

 縁と云うものは不思議なもので、その不思議を出来る限り大事にしたいと云うのが私の生き様なのである。

 

 私には19年近く連れている女が居る。

 私が懲役に行っている時は、私のケジメとして「嫁」としか「手紙」のやりとりも「面会」もしない。

 「女」には月に二回、毎月1日と15日に手紙を書いて来させていたが、私は「嫁」にしか返信はしなかった。

 嫁は毎日私宛に手紙を出して来て居たから尚更だ。

 それに私の若い者が「嫁」と「女」の間に立って「しどろもどろ」させるのも親分として気が引けたのは事実だが、何よりも私は全てに対して「男の一分」を守るのに徹して来た男である。

 

 そんな私の生き様を人が聞くと不思議がるが、それだけ私は「嫁」を裏切ってないのを「女」が身を以て知っているから私を信用しているのだ。

 だから19年近くも途切れずに、私の心意気に付いて来たのだ。

  

 私は誰よりも優先順位を守り「嫁と家庭を第一に考え」大事にして来た典型的な「旧式日本男児」なのである。

 

 最後に不謹慎だが「酒と女は二合まで・・・!」と云うのが私の自戒の言葉である事を書き添えておきたい。

 因みに、私は酒もタバコも11年余り前に止めたままである。

 

 

 追記

 山内の件だが、山内は痛風と云う病気を患っているので、痛風のひどい時は仕事を休んで居る。

 だからこの前から私が主導して生活保護を受けさせて居たが、また仕事に復帰したので市役所に云って生活保護を打ち切らせた。

 私は私の正義に則り、日本国民として最低限の秩序は守っているつもりだ。

 また社員にもそう云う指導をして居る。

 会社に長く勤め、良くやっている者が困った時は助けもする。

 

 これが私の男気だと思って居る。

 

 私は誠意の無い者に施しをする程お人好しではない。

 これが私の筋論でもある。

 

 

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コメント: 4
  • #1

    伊丹 大西 (火曜日, 06 8月 2013 15:08)

    竹垣 様
    坂本敏夫先生がボランティア活動を辞めると会長からお電話でお聞きしてましたがブログを読み理由は解かりました。
    私も残念です。
    坂本敏夫先生とは一度お会いして色々なお話をさせて頂きたかったのですが・・・
    せめて籍を置き会長の良き相談相手として居て欲しかったです。
    確かに犯罪者更生支援と言うものはそうやすやすと出来るものでもありませんし非常に難しいと思いますし簡単に出来れば苦労はしないと思います。
    でも私は必ず出来ると思ってると言うより出来る一人です。
    このブログを沢山の方が読まれてるのも知ってますし賛同される男気を持った方が
    必ず名を上げてくれると思ってます。
    会長、みなさんと力を合わせて必ずやり遂げましょう!!

  • #2

    竹垣 悟 (火曜日, 06 8月 2013 16:10)

    伊丹 大西様
    ありがとう。
    叱咤激励、心より感謝致します。
    ここで短歌を一首。
    越えねばと 思いし峰に 来てみれば 遥かに続く また山路かな

  • #3

    池田 (水曜日, 07 8月 2013 23:34)

    いつもブログ拝見しています。
    NPOってうさんくさいと思ってましたがこのブログを見て本気で取り組んでるんだと思いました。
    ボランティア活動される時は参加させてください。

  • #4

    蜷川です。 (木曜日, 08 8月 2013 06:50)

    更新を楽しみにしています竹垣様のブログ。開いた瞬間、驚きました。私の機関誌をご紹介頂き、正に恐懼、汗顔、恐縮の至りです。それ以上にご芳志を賜り、心から御礼を申し上げます。今後とも宜しくお願い致します。今日から(8日)伊勢神宮での「お白石持ち」行事に同志と共に参加してまいります。浮世の垢にまみれた体を神域で再生させたいと思います。猛暑の日々が続きます。くれぐれも御身を大切にお過ごし下さい。取り急ぎ、メールで失礼いたします。蜷川拝