眠れぬ夜のブルース

「夜の歌謡シリーズ・港町ブルース」1969年に東映東京撮影所で制作された映画。監督は鷹森立一。写真右から「梅宮辰夫」とカップルで踊る「野川由美子」 前でマイクを持ち唄う森進一 その横に「賀川雪絵」と踊る銀座・クラブ「姫」出身の「山口火奈子」 後ろで港町ブルースの伴奏に合わせてテナーサックスを吹く「竹垣悟」 他に持田京介・小林千枝・中島信義・小林稔持・谷隼人等が出演

 ここ二、三日は眠りの浅い夜が続く。

 

 眠りの浅いこんな日は、睡眠導入剤でも飲んでサッと寝るのに限るのだが、長い夜を過ごすのも偶には良いかと思い、無理して布団に入って目をつむった。

 体は布団に入って「熟睡した時」と同じ様に寝て居るので「朝起きた時」肉体的には疲労は取れて居るのだが・・・

 

 こんな時、私の場合七、八時間は布団に入って浅い眠りのまま瞑想する様な感じでジッと目をつむって居るのだ。

 

 今日は「過去の事」「未来の事」そして「今あるべき私の姿」などが、走馬灯の様に私の脳裏をよぎって行った。

 その中でも「東映時代」に「大部屋」に居た頃の私の姿が「夢を追ってた頃」の鮮明な記憶として私の刹那的人生の1ページを駆け抜ける。

 

 これは「寝て居る時」の時間を、生きて居る間(時間)に概算すれば、私にとっては「夢を追ってた頃」に戻れる貴重な時間であり、それだけ生きた証になるのだ。

 この生きた時間をフルに活用する事こそ「仏」の云う所の「精神的修行」ではないかと最近「ふと」思う事がある。

 

 「仏」と我々「凡人」と違う所は、私は布団の中だが、仏や修行僧は山谷を駆け巡り、滝に打たれて「ひたすら」瞑想し、修行するのです。

 さて、ここら辺で、また違う話に振ろうかと思うのだが・・・

 

 文章も、山あり谷ありの方が読み手は新鮮な感じで時間を過ごせると思うからです。

 

 この「文章劇論」は、私の場合に限って許されるのではと思います。

 なぜなら私は「ノンフィクション」しか書かないと決めて居るので、他の「流行作家」の様に沢山の文章を世に問う事もないのです。

 

 また私は、文章を読んで頂いて感謝するだけで、読み手に「何も求めない」のが私自身のボランティア精神の賜物なのです。

 全てに対しての「啓蒙活動」の一貫と捉えているからです。 

 これも「ネット社会」の到来が生んだ「竹垣悟」へのゼウス(神)の小粋なご褒美なのかも知れません。

 

 私に与えられた限りある時間の中で、私にとってはネット社会の到来を「私なり」に宝飾して行かなければならないのです。

 

 人間は在る面「汚れて穢いもの」は誰も見たくはないと云うのが本音で、神が「綺麗」な「美しいもの」を見る為に「全ての物」を作り出して来たのと同じではないかと思います。

 

 人の考えと云うのは「未来永劫」少しの事で、すぐ変わり「うつろい易い」ものだと習って来ました。

 それだけ「心が強い人」が少ないと云う事でしょうか・・・

 

 何年経っても変わらぬ「意志の人」は居ますが、そんな人も時として「金」が絡めば変わる事もあるとか申します。

 しかし人の「信念」と云うのは決して変わらぬものだと思います。

 

 私は何事にも「確信犯であれ」と思うのです。

 「行き当たり」「ばったり」では後悔もあるし、それこそ時間の「浪費以外」の何物でもないからです。

 

 「断じて行なえば鬼神も又、是を避く」

 こう思って私は、今まで色んな物事に「度胸」ひとつで挑んで来ました。

 そして、その戦いに敗れ、救急車で病院に運ばれた事もありますし、また或る時はパトカーで警察署の留置場に入れられた事もあります。

 

 次は霊柩車に乗って葬儀場に行く番だと思います。

 葬儀場で、生き返ったりしたら、世の中の「お笑い草」になるし、ひょっとして死んだ筈の私が生き返れば、ガッカリする人も出てくるかも知れません。

 そんな時は、私は意地でも生き返らず、あの世で待つ多くの縁ある人と逢ってみたいと思うのです。

 

 さしずめ田岡一雄や竹中正久、それに私と盃をしたまま冥土に旅立った生涯忘れ得ぬ弟子達、それから田中河内介と仙石左京、もちろん私の母方祖父と祖母、それに母には絶対に逢いたいと思います。

 

 そんな事を夢見ながら、今日はゆっくり眠りたいと思います。

 庭で蕾を付けた梅を見ながら・・・                 竹垣 悟